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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20227号 判決

原告

渡辺栄一

被告

新井公

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自一〇七一万七六七三円及び内金九七一万七六七三円に対する平成四年一月二八日から支払済みまで、内金一〇〇万円に対する平成五年一一月二五日から支払済まで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、七〇八七万二九六一円及び内金六四三三万九〇六五円に対する平成四年一月二八日から支払済みまで、内金六五三万三九〇五円に対する平成五年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機のある交差点直近の車道の路上で座臥していた際普通貨物自動車に轢かれ受傷した被害者が、加害車両の運転手に対し民法七〇九条に基づき、運転手の使用者兼加害車両の保有者に対し、主位的に七一五条、予備的に自賠法三条に基づき、損害賠償の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成四年一月二八日午前四時二〇分頃

(二) 場所 豊島区東池袋一丁目八番八号先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(足立四六二九四〇五。以下「被告車」という。)

(四) 右運転者 被告新井公(以下「被告新井」という。)

(五) 加害車両所有者 被告アート商事有限会社(以下「被告会社」という。)

(六) 事故態様

被告車が本件現場の路上に座臥していた原告に衝突したもの(以下「本件事故」という。)。

2  受傷、治療経過

原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折、上顎洞骨折、気脳症、左気胸、右手挫創、皮膚欠損、左足関節開放性骨折、右足関節部皮膚欠損の傷害を負い、平成四年一月二八日から同年四月二六日まで八九日間の入院と、同年四月二七日から同年一二月二四日までの通院治療を要した。

原告は、平成五年一月二八日に症状固定し、その結果、後遺障害等級八級七号に認定された。

3  被告会社は、被告新井の使用者で、かつ、被告車の所有者であり、本件事故は、被告新井が勤務中に発生したものである(乙二、被告新井本人)。

4  原告は、本件事故の損害賠償金として、合計一一八六万二七六〇円の支払いを受けた。

三  争点

被告らは、損害額を争うほか、被告新井の過失の有無、原告の過失相殺を主張する。

1  事故態様、被告新井の過失の有無

(原告の主張)

被告新井は、昼夜を問わず明るく見通しのよい明治通りを進行していたのであるから、被告車の前車が別紙現場見取図(以下「見取図」という。)〈B〉地点の位置に寄つたことに気づいた地点で注意していれば、原告を発見していたはずであり、また原告を発見した見取図〈3〉地点で急ブレーキをかけ一旦停止するか又はハンドルを切つて進路変更していれば、本件事故を避けられたはずであるにもかかわらず、漫然と運転を続け、原告の姿を認識していながらそのまま進行した重大な過失がある。

(被告らの主張)

被告新井は、被告車を運転し、本件現場の交差点が青信号であることを確認し、時速四〇キロメートルで新宿方向へ進行したが、被告新井は、被告車の前々車のタクシーが左に寄り停止したことを認め、更に被告車の前車のタクシーがウインカーを出すことなく急に左に進路変更したので前方を見たところ、原告が横断歩道手前の停止線付近に座臥しているのを発見し、急ブレーキを踏んだが間に合わず原告と衝突したのであり、青信号を確認し、これに従い前車に続いて進行した被告新井にとつて本件事故は避けられず、被告新井に過失はない。

2  過失相殺

(被告らの主張)

原告は、夜明け前、幹線道路である明治通りの横断歩道の手前の停止線付近で泥酔して座臥していたのであるから、それ自体危険きわまりない行為であり、自ら危険を引き起こしながら、酒酔いの影響のため危険認識が欠如していたのであるから、原告の座臥に、不可抗力ではなく、自らの惹起した重大な過失に起因するものである。本件事故は、被告車が対面信号青信号で交差点を通過し、原告は赤信号で横断したのと同じ状況である。夜間における路上横臥の基本的な過失相殺率は五割であり、幹線道路である本件現場の場合は一割加算されること、赤信号無視の横断歩行者の過失相殺率が七割であること、原告は、他の車が通過したことを理由に他車も避けるであろうと思つて座臥し続け、危険の合図を全くしないで車両に背を向けていたこと、酒酔いで、赤信号を無視していたこと等を考慮すると、本件事故の主たる原因である原告の過失割合は、少なくとも九割は下らない。

(原告の主張)

原告は、帰宅のため本件現場の横断歩道を青信号で渡り始めたが、横断歩道の中央付近で足を挫いてしまい、早く家に帰ろうと思つて斜めに渡つたところ、痛みが激しくなり、耐え切れず見取図〈ア〉地点でうずくまつてしまつたのであり、車が来ることは知つていたが立ち上がれなかつたのであり、被告か同〈ア〉地点でうずくまつてしまつたのは不可抗力であり、原告に過失はなく、仮に過失があつたとしても、過失割合は一、二割である。

第三争点に対する判断

一  事故態様

乙一の2ないし13、原告、被告新井各本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故前日午後一一時頃一旦帰宅した後酒を飲みに行き、午前零時頃から午前四時頃まで酒を飲んでいたこと、原告は、自宅に帰ろうとして明治通りの本件現場付近の横断歩道を豊島区池袋一丁目三九番方向から同八番方向に渡り始めたが、横断の途中で飲酒が原因で足を挫いて足が急に痛くなり、本件現場でしやがみこんだまま一分程横断歩道の進行方向に顔を向けてしやがんでいたこと、被告新井は、貸しおしぼりの配送のため被告車を運転し、明治通りを新宿方向に時速三〇ないし四〇キロメートルで進行していたが、見取図〈1〉地点で、被告車の前の前を進行していた車両が左に寄り見取図〈甲〉地点に停止するのに気づき、更に、本件現場付近の交差点の被告車進行方向の車両用信号機が青信号であつたにもかかわらず、被告車が見取図〈2〉の地点で、被告車の前を進行していたタクシーがウインカーも出さず急ハンドルで左に進路を変え見取図〈B〉地点に行き、そのまま交差点を通過したので、被告新井は危ないと思い、見取図〈3〉地点で前方を見たところ、見取図〈ア〉地点上にゴミ袋に見えるものがあり、すぐに人であると分かつたので、急ブレーキをかけたが間に合わず、見取図×地点で被告車がうつむいて座り込んでいた原告に衝突したこと、見取図〈3〉地点と見取図×地点との間の距離は約六・三メートルで、被告車のスリツプ痕は、見取図×地点の手前にはなく、被告車は、同地点から約一六メートル進んで停止したことか認められる。

右事実によれば、被告新井が、被告車進行方向の前方を十分注意し、横断歩道付近に座臥していた原告を発見し、すみやかに停止するか、あるいは、左右に進路変更して衝突を避けることかできたにもかかわらず、前方を十分注意していなかつたため、原告が座臥していた場所の約六メートル手前でようやく原告を発見し、制動措置が間に合わず原告の手前で停止できず、また、進路変更して原告との接触を回避することができなかつたことが認められるから、被告新井に前方注意義務違反の過失があることは明らかである。

なお、原告は、被告新井には、重大な過失、あるいは未必の故意が認められる旨主張するが、前記のとおり、被告車は、幹線道路を進行中、本件現場付近の交差点の車両用信号機が青信号であり、歩行者用信号機が赤信号であつたにもかかわらず、横断歩道付近に座臥していた原告と衝突したのであり、前記認定の注意義務違反を越えて、被告に著しい又は重大な過失、あるいは原告に衝突することについて未必の故意があつたと認めるに足りる証拠はない。

二  過失割合

原告は、本件現場に座臥していた理由について、本件現場付近の横断歩道の歩行者用信号が青信号であつたので横断を開始し、右信号が青点滅になつたので、急いで斜めに渡ろうとしたところ、途中で足を挫いたため痛くてしやがみこんでしまい、このような場所でしやがんでは危ないと思つてはいたが、タクシーが一、二台原告を避けて通つてくれたので、付近を進行する車両は原告の存在をわかつてくれると思つてそのまましやがんでいた旨供述する。

しかしながら、衝突地点である見取図×地点が横断歩道上ではなく、その直近の停止線付近にあり、原告が斜め横断、あるいは、横断歩道を外れた付近の停止線上を横断していたと推認されること、原告本人によれば、原告が本件事故当時相当程度飲酒しており、足を挫いて本件現場に座臥していた後、横断歩行者用信号が赤信号になつた後も、本件現場に向かつて青信号に従い進行してくる車両を原告の前で停止させるため合図を送る等の事故回避のための行動を一切とつていないことが認められること等の事実に照らせば、原告が、はたして、横断歩道上を横断していたのか、横断を開始した際に歩行者用信号は青信号だつたのか、本件現場に向かつて進行してくる車両の有無、動静について座臥していた際に認識していたのかについては疑問の余地も残るところである。仮に、原告が横断歩道上を横断し、横断開始時には歩行者用信号が青信号であつたとしても、本件事故の状況は、歩行者が「青信号」により横断を開始した後横断し終わる前に赤信号に変わつてしまつたいわゆる「信号残り」の場合とは異なり、足を挫いた原因が専ら原告が相当量の飲酒をしていたことや横断を急いだこと等の原告自身の責に帰するべき事由に基づくものであると推定されること、原告は、座臥していた位置が幹線道路の車道上であり、直近の横断歩道の歩行者信号が赤信号で、車両用信号が青信号になつていたにもかかわらず、走行してくる車両の方向に顔すら向けず、自己の存在を知らせ停止を求める合図を何ら送つていないことに鑑みると、本件事故は、夜間幹線道路の横断歩道上で横臥していた者が車両に轢かれた場合と類似する状況であるというべきであつて、原告の過失割合は六割、被告新井の過失割合は四割であると評価するのが相当である。

三  損害

1  治療費 一〇〇万三〇七〇円(請求額 一〇〇万三〇七〇円)

入院分九二万四三一〇円及び退院後の通院分中四万八四五〇円の治療費の発生(合計九七万二七六〇円)については、当事者間に争いがなく、甲二及び弁論の全趣旨によれは、退院後の治療費として、右の他に治療費三万三三一〇円が生じたことが認められ、原告の治療費は、入院分九二万四三一〇円、退院後の通院分七万八一六〇円、合計一〇〇万三〇七〇円であると認められる。

2  入院雑費 一〇万六八〇〇円(請求額 一〇万六八〇〇円)

(算式) 一二〇〇円×八九日=一〇万六八〇〇円

3  交通費 四万八八二〇円

(一) 入院時 〇円(請求額 二万六七〇〇円)

原告の主張する入院時の交通費は、原告入院中の妻の交通費と解されるが、妻の付添いを医者から指示されたことを窺わせる証拠はなく、また右支出を認めるに足りる証拠もない。

(二) 退院後 四万八八二〇円(請求額 四万八八二〇円)

甲三によれば、原告は、退院後の通院交通費として四万八八二〇円支出したことが認められる。

4  器具・装具代 一八万〇三一八円(請求額 一八万〇三一八円)

甲四、五によれば、原告は、本件事故による傷害の治療等のため松葉杖、靴型装具、ガーゼ等に合計一八万〇三一八円支出したと認められる。

5  休業損害 四七九万八一〇九円(請求額 六一三万九〇一〇円)

甲七の1中には、原告のペツト取扱収入については、領収書等がないので一カ月分の生活費から推測すると月額四五万六二二三円である旨の記載があり、甲七の2ないし10によれば、平成三年一二月前後には、月額家賃八万五〇〇〇円、電気代、電話代及び水道代合計約四万円、国民健康保険料及び生命保険料合計二万六六七九円等の各支出があつたことは認められるが、右支出から直ちに原告主張の月額四五万六二二三円の月収があつたと認定することはできない。

しかしながら、右事実によれば、少なくとも右支出を上回る収入があつたものと推認できる上、甲一三の1、2、原告本人によれば、原告は、自宅マンシヨンの部屋に水槽を三〇個程置いて、熱帯魚、海水魚、爬虫類等を仕入れ、飼育、繁殖させて顧客に販売するペツトシヨツプを開業しており、平成二年九月から平成四年五月までの間に、銀行に一旦預金されたものだけでも二一四万円の売上代金があつたことが認められるから、原告には、金額は確定できないものの、右販売により相当の収入があつたものと認められるから、原告の休業損害については、平成四年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者学歴計三〇歳から三四歳までの平均年収額五〇三万二五〇〇円を得ることができたと推定し、右金額を基礎に、事故発生日から最後の通院日である平成四年一二月二四日までの三三一日間は全日、同年同月二五日から症状固定日の前日である平成五年一月二七日までの三四日間は半日就労不可能であつたものと推認し、右休業期間の損害を計算するのが相当である。

(算式)五〇三万二五〇〇円÷三六五日×(三三一日+三四日÷二)=四七九万八一〇九円 (一円未満切捨て。以下同じ)

6  逸失利益

三七五五万三二七七円(請求額 四九〇六万七六〇四円)

原告の症状固定日は平成五年一月二八日であり、本件事故がなければ、症状固定時(三二歳)から六七歳に達するまでの三五年間、平成五年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者学歴計三〇歳から三四歳までの平均年収額五〇九万六六〇〇円を得ることができたにもかかわらず、原告は、本件事故による後遺障害等級八級七号の後遺障害のため、労働能力の四五パーセントを喪失したと推定されるから、右金額を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、逸失利益を算定するのが相当であるところ、原告の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、三七五五万三二七七円となる。

(算式)五〇九万六六〇〇円×〇・四五×一六・三七四=三七五五万三二七七円

7  慰謝料 合計九九八万円

(一) 入通院慰謝料 一七九万円(請求額 二七四万円)

原告の入院日数八九日であり、その後平成四年四月二七日から同年一二月二四日まで通院しているが、通院実日数が三一日(甲二)であること等を勘案すれば、原告の入通院慰謝料は一七九万円が相当である。

(二) 後遺症慰謝料 八一九万円(請求額 八一九万円)

原告が後遺障害等級八級七号の認定を受けている(争いがない)こと等の事情を勘案すれば、右後遺障害についての慰謝料は八一九万円が相当と認める。

8  物損 合計二八万〇六九〇円

(一) 時計修埋代金 二二万九六九〇円(請求額 四六万三五〇〇円)

甲八、原告本人によれば、原告が本件事故当時持参していた時計(ローレツクス)が、本件事故により損傷し、右修理代金として二二万九六九〇円を要することが認められる。

(二) ライター(修理不能) 五万一〇〇〇円(請求額 六万八〇〇〇円)

甲九によれば、原告か本件事故の二年ないし三年前に六万八〇〇〇円で購入し、持参していたライター(デユポン)が、本件事故により修理不能になつたことが認められ、本件事故当時少なくともその四分の三の価値が現存したものと推定し、右損害は五万一〇〇〇円と認めるのが相当である。

四  過失相殺、損害の填補

原告が本件事故により被つた右各損害の合計五三九五万一〇八四円であるところ、原告の過失割合六割を減額した二一六七万四二一五円から、損害の填補分一一八六万二七六〇円を控除した残損害額は、九七一万七六七三円である。

(算式)五三九五万一〇八四円×(一-〇・六)-一一八六万二七六〇円=九七一万七六七三円

五  弁護士費用 一〇〇万円(請求額 六五三万三九〇五円)

本件訴訟の内容、経過、認容額等諸般の事情を勘案すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は一〇〇万円が相当であると認める。

六  結論

よつて、本件請求は、一〇七一万七六七三円及び弁護士費用一〇〇万円を除く内金九七一万七六七三円に対する本件事故日である平成四年一月二八日から、弁護士費用一〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日である平成五年一一月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを認める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 生野考司)

別紙 〈省略〉

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